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太平洋戦争がはげしくなり、やがて各地の動物園では、動物たちが次々ころされていきました。しかし、そのような中で、名古屋の東山動物園では、北王園長はじめ飼育係の人たちが、ぞうだけはなんとしてもまもりぬきたいとひっしのどりょくをつづけたのです。せんそうがおわったとき、日本で生き残ったのは、東山の二頭のぞうだけでした。一九四九年、このぞうをひとめ見たいとねがう子どもたちのために、とくべつれっしゃ「ぞうれっしゃ」がしたてられました。日本中から子どもたちがぞくぞくと名古屋の東山動物園をおとずれます。この絵本は、この事実をまとめて生まれました。